◎私と鍼灸との関わりをお話したいと思います。私が5〜6歳の時に母が婦人科の病気になりました。病院に入院して手術を受けたのですが、その後数週間にわたってなぜか出血が止まらなくなってしまいました。
  病院のベッドの上でシーツを血で真っ赤に染め、食事をすることもできなくなってしまったそうです。お医者さんもいろいろとしてくださったそうですが、効果がなくそのまま退院ということになってしまいました。そんなとき困り果てた我が家に田舎の祖母が駆けつけ、「こういう時はお灸が良い!」と言い張り母をさっそく近所のお灸の先生のところは連れていったのでした。
  祖母は昔から大変鍼灸を信奉しており、「戦前のまだ良い薬がなかったころに子供が腸チフスにかかった時も、お灸の先生に治してもらったのだ。」と言っておりました。
   
   お灸の先生は堂々とした初老の方で、大きな畳の部屋の治療室でマジックを片手に患者さん一人一人の話を聞き体を診て、灸点をおろしていました。そして結局たった2回の治療で、母の出血は止まってしまったのです。その後半年ほども治療に通い母はすっかり元気になりました。父と母が驚き喜ぶ様子が強く印象に残っています。
  私が大学へ進学後、将来の進路に悩んでいた時、ふとその時の両親の様を思い出し「やり甲斐のある仕事と言うのはああいう事を言うのではないか。」と思い立ち、鍼灸学校への進学を決心しました。

  そして20歳のとき、まだ鍼灸学校在学中に東京のある鍼の先生のところへ弟子入りをしました。そこは鍼灸専門のとても大きな治療室で、プロスポーツの選手や芸能人も患者さんとして来ていました。
  私が学んだのは経絡治療と言う治療です。主な診断は脈診と言って、患者さんの両手首の脈に三本の指を当て、それぞれの脈の速さ、硬さ、浮き沈みのかげん、渋りぐあい等を診ます。そして体のなかの弱っているところや緊張しているところ、流れが滞っているところを診たてたうえで鍼をすることで痛みや緊張をとり、弱った体を元気にしてゆきます。この治療は診断にも治療にも繊細な技術を使う、日本鍼灸の独特な治療法です。
  私は、その治療院で五年間働いて治療法を学んだ後、中国へ行き、上海で中国の鍼を勉強しましたが、今でもこの経絡治療が、私の治療の中心です。
 
  その後私は中国の上海にある上海中医薬大学へ留学しました。鍼灸や漢方薬等中国の伝統的な医学(中医学または単に中医と呼ばれています。)を学ぶ為の国立の大学です。大学は上海市の南の外れにあり、周りには幾つもの大きな病院があります。この大学には龍華、曙光、岳陽という名前の三つの付属病院があり、私は大学で中医学の理論や診察法を学び、病院では実際の治療に従事し数ヶ月単位で何人もの先生に付いてその治療を学んでいきました。

    
  岳陽医院の周先生は最も印象深い先生です。色々な患者さんを診ますが、特に体のマヒの治療がすばらしく、ある日本人の患者さんは三年前の事故が原因で下半身マヒだったのが、一年ほどの治療で立って歩けるようになりました。中国の鍼は日本のものに比べて太く、こうしたマヒの治療にはうってつけです。

   付属病院の先生方の多くは専門的な診療科目を持っていたり、特殊な鍼の治療を行ったりしていました。ダイエットの耳鍼(みみばり)専門の先生もいて、小さくて硬い植物の種を耳に貼るやり方で痛みも無く、大変効果を上げています。その他赤ちゃん治療専門の先生や、リューマチや慢性関節炎等のいわゆる膠原病専門の先生、又更年期障害などの婦人科一般や不妊治療を専門にしている先生もいます。
   
  上海ではこうしたそれぞれの分野の専門の先生に付いて、三年間中国の鍼治療を学びました。私の治療は日本の経絡治療の繊細さに中国的な大胆さと専門性を兼ね備えた本格的な鍼灸治療術です。










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